50年前の暮らしと比べて私達の生活は格段に便利で快適になっています。しかし、「繋がり」や「助け合い」といった目に見えないものを知らぬ間に失っているのかもしれません。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』で紹介されている「里山資本主義」は、多くのことを私達に教示してくれます。
「懐かしい未来」を開く里山資本主義
広島県の北部、中国山地の庄原(しょうばら)市に住む和田芳治(よしはる)さん(70歳)は毎朝の御飯を小さな「エコストーブ」で炊いている。ガソリンスタンドからタダで貰ってきた石油缶に、ホームセンターで数千円ほどで買ってきた管を煙突がわりに付けて、手作りしたものだ。裏山から集めた木の枝を数本くべて炊くと、御飯はピカピカ光って旨い。
訪ねてきた客に食べさせたら、「しもうた」と思わず、漏らした。「つい先日、7万円やら8万円出して、電気釜を買ったのに、あれとは全然違う、こっちの方が旨い」と悔しがっていた。
毎回できが違うかもしれないと思って気を遣うこと、いろんな木をくべることも含め、不便だといわれるかもしれません。でも、それが楽しいんですね。結果、おいしいご飯。これが3倍がけ美味しいんです。こういうものを使うことによって、笑顔があふれる省エネができるんではないか。
(『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』p48)
電気代も節約でき、枝を拾うことで放置されていた裏山にも手が入る。
炊飯器のスイッチ1つでご飯を炊けるというのは便利この上ないが、その陰には、途方もないグローバル資本主義が動いている。中東で採掘した石油をはるばる日本まで運んできて火力発電所で発電し、その電気を日本各地に送る、というグローバルな物流や送電のネットワークだ。どこか1カ所で戦争や天変地異でもあれば、たちまち電気が止まって、毎朝の炊事にも事欠く。
その一方で、若者は仕事のある都市部に吸い寄せられ、多くの地方の集落が過疎化、高齢化して、いつ消滅するかと先行きを危ぶまれている。放置された森林は荒廃し、耕作を放棄された田畑が広がる。
グローバル資本主義の不安や矛盾を打破しようと、里山を活用した工夫がいろいろ進められている。エコストーブはそんな工夫の1つである。これを『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』の著者は「里山資本主義」と名付けている。
産業廃棄物だった木くずで発電
里山の資源活用をより大規模に実現するのが「木質バイオマス発電」だ。バイオマスとは生物由来の有機性資源で、石油など化石燃料を除いたものを指す。
岡山県真庭(まにわ)市は中国山地のど真ん中にあり、面積は琵琶湖よりも広いが、山林が8割を占め、住人は5万人足らずという典型的な山村である。町を支えるのは、林業と、切り出した木材を加工する製材業で、大小あわせて30ほどの製材業者がある。住宅着工の出口の見えない低迷で、どこも苦しい経営を続けている。
そんな中で、製材メーカーの1つ、銘健(めいけん)工業の中島浩一郎社長は、「発想を180度転換すれば、斜陽の産業も世界の最先端に生まれ変わる」と新しい試みに取り組んできた。それが製材の過程で出てくる樹皮や、木片、かんな屑などを燃やして発電する「木質バイオマス発電」だ。平成9(1997)年に導入した発電装置は、高さ10メートルほどの円錐形をしており、24時間稼働して出力2,000キロワット/時、一般家庭2,000世帯ほどの電力を供給する。
中島さんの工場で使用する電力はこれですべてまかない、夜間の余った電力は売る。これに従来、木くずを産業廃棄物として処理していた費用も含め、合計年間4億円も得をしている。発電施設は10億円かかったが、わずか2年半で回収した勘定となる。
一般家庭2万2,000世帯分の発電所
ただ、製材工場で出る木くずは年間4万トンもあり、この発電設備では使いきれない。そこでかんな屑を直径6~8ミリ、長さ2センチほどの円筒形に固めて販売することにした。木質ペレットと呼ばれる。
この木質ペレットを燃やすには、専用のボイラーやストーブが必要だが、灯油と同じように燃料タンクに入れるだけで良い。しかも灯油と同じコストで、ほぼ同じ熱量を得ることができる。
市の後押しも得て、地元の小学校や役場、温水プールなどに次々と木質ペレット用ボイラーが導入された。個人宅用ストーブや農業用ボイラーにも、行政からの補助金が出て、広く普及するようになった。しかも、水分を蒸発させて熱を奪う、という方式で、冷房にも使える。
市の調査では、全市で消費するエネルギーのうち、11%を木のエネルギーでまかなっているという。日本全体での太陽光や風力などの自然エネルギーの割合はまだ1%なので、それに比べれば、すでに主要なエネルギー供給手段の1つになっている、と言える。
この成功例をもとに、出力1万キロワットの木質バイオマス発電所の建設が始まり、2015年4月から稼働が始まった。一般家庭2万2,000世帯分というから、真庭市全体をカバーできる発電量である。