女王様のご生還 VOL.96 中村うさぎ

最近、「オッジ」という雑誌のウェブサイトで「人生相談」をしている。

「オッジ」の読者はだいたい30代くらいなので、圧倒的に「結婚」の悩みが多くて、最初の頃の相談はそればっかりだった。

今どきの女性たちが、いまだに「結婚」という呪縛に縛られていることが、私にとっては意外だった。

結婚なんて絶対にしなきゃいけないものでもないし、適齢期なんて概念も薄れていて、今や女性たちにとっては「数ある選択肢のひとつ」にすぎないと思っていたからだ。



だが、彼女たちは口を揃えて「結婚したい」と語る。

「なんで結婚したいの?」と尋ねると、「親を安心させたい」などという答が返ってきて、これまた私を驚かせるのだった。

え、親のために結婚? ねぇ、親より自分の幸福が優先でしょ!

「親のため」という理由の次に多いのが「子供が欲しい」で、これもまた私には「呪縛」にしか見えない。

出産と子育てでどれだけのものを失うのか、知らないわけでもあるまい。

それでも「子供が欲しい」のか? それはあなたの本当の望みなの? もしかして「義務」とか思い込んでるんじゃない?



「子供産めない年齢になるまでに結婚しなきゃ」という義務感だか使命感だかは、おそらく彼女たちが大切に思っている「親」の価値観であろう。

だが、30代といえば、そろそろ親の埋め込んだ価値観から脱して、自分独自の価値観を築いていく年齢ではないか。

「私はどういう人間なのか」「私にとっての幸福とは何か」を真剣に考える時期なのだ。

ここで自分の尺に合わない他人の物差しで己の人生設計図を描いてしまうと、その後の人生に後悔がつきまとうことになる。

もちろん、そこでやり直せる力を持っていれば、何度だってやり直しはきくのだが、そんな力を持つことさえ怠って生きていると、大いに苦い晩年を迎えることになるのだ。

私は、そういう女性たちをこの目で見ている。

50代を超えても「自分」がいまだにわからない人々だ。

「幸福になりたい」という欲望はあるものの、何が自分の幸福なのかわからない人々だ。



で、そういう人に限って、「私にも幸福になる権利はある」と言う。

もちろん、幸福になる権利はすべての人間にある。

だが、それは「自分の幸福」がわかっていて、その幸福追求のために捨てていいものが何かもわかっている人たちにしか、有効に使えない権利なのである。

「権利」には「義務」が必ず伴うという図式は、小中学校で習ったはずだ。

しかるに、「幸福になる権利」に付随する義務とは何か?

それは「己を知る義務」だと私は思う。

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