豆苗をブレイクさせて年商100億円!廃業の危機からスプラウトで農業を変える/村上農園/読んで分かる「カンブリア宮殿」



豆苗フィーバーの秘密~安定価格&簡単・美味レシピ

えんどう豆から発芽した若い芽の部分、豆苗。かつては中国の高級食材だったが、今やスーパーでは安定的に100円程度で売られ、家計の強い味方になっている。この10年で出荷量は実に11倍にまで拡大した。

その人気は安定した安さのせいだけではない、豆苗は意外に簡単でおいしいレシピが豊富なのだという。また、根を水につけて1週間もすれば、もう一度、収穫することができる。そして栄養価。実は豆苗には、他の野菜に比べて食物繊維やビタミンが2倍近く含まれている。

そんな豆苗を大ブレイクさせたのが村上農園だ。

山梨県北杜市に、南アルプスを望む村上農園の巨大施設、山梨北杜生産センターがある。育てられているのは豆苗だ。高度なオートメーションで生産される、ここは日本最大の豆苗の農場だという。

人っ子一人いない広大な空間で、最も適した量の水分が与えられていく。そして2週間ほどで決められた長さに生育すると、自動的に次の工程へ搬送される。この工場のような農場で、1日7万パックもの豆苗が出荷されている。これが安定した安さで販売できる秘密。他の野菜の価格が乱高下しても、豆苗は1年中ほぼ100円だ。

「お客様にいつも同じ状態で安心して買っていただける。同じ状態で全てを生産出来る状況にすれば、原材料も少なくてすむし、ロスも発生しない。我々しかできないことを目指そうと思っています」と語るのは、豆苗を日本に広め、野菜作りに革命を起こす村上農園社長・村上清貴だ。

広大な農場で村上農園が作っている野菜は豆苗だけではない。「ニンニクやニラのような香りがして、種の殻が石のように見える」(村上)と言うのは「ロックチャイブ」。高級レストランなどで使われる発芽野菜だという。

村上農園が販売している野菜のほとんどは、スプラウトと呼ばれる発芽野菜だ。スプラウトとは、種から発芽したばかりの栄養たっぷりの新芽の部分。カイワレが大根のスプラウトなら、豆苗はえんどう豆のスプラウトというわけだ。村上農園は、そのスプラウトでパイオニアとも言える企業なのだ。

1978年に広島で創業。カイワレ大根をいち早く手がけ、日本中に普及させた。年商は急拡大し、ついに100億円に迫った。



豆苗人気の仕掛人~スプラウト野菜の王者

村上農園のスプラウト戦略を支えるのが、社内の「豆苗研究会」の女性たち。知名度のない豆苗などのスプラウトをレシピ提案で普及させる専門部隊だ。

「豆苗のことをずっと考えている私たちから出てくるメニューをお伝えする。豆苗の食べ方が増えれば、食べる回数も増えますので」(高村友梨)

この日は、バターと塩昆布だけで味付けをした「豆苗の焼きそば」を作っていた。こうしたメニュー提案は、20年以上前に豆苗を売り始めた時からの手法だという。

「実際に使ってみると、和食にも洋食にも使えます。『食べたら絶対おいしい』というキラーコンテンツ、定番の料理を開発することが第一だと思います」(村上)

彼女たちが作った膨大なレシピを動画やホームページなど、あらゆる場所で発信することで口コミを生んでいく。豆苗人気は、豆苗の豚肉巻きがレンジで簡単に作れるという内容の動画で火がついた。月の出荷量がこれで1.6倍に増えたという。

そんな村上農園が、豆苗の次に大ヒットさせたスプラウトが、ブロッコリースーパースプラウトというオリジナル商品だ。

大阪市中央区の行列店「ノースショア」北浜店。客が頬張る「スプラウトサンドイッチ」(1296円)は、驚くほどのボリュームのブロッコリースーパースプラウトを盛り付けてくれる。客は「健康に良さそう」と口をそろえる。

今やスーパーにも当たり前に並ぶブロッコリーのスプラウト。「スーパー」がつく理由は、スルフォラファンという成分を豊富に含んでいるからだ。スルフォラファンは抗酸化や解毒作用など、体の防御機能を高める働きがあるといい、高齢者を中心に絶大な人気を博している。ブロッコリースーパースプラウトも価格は200円前後。安定価格で出荷されている。

村上農園の商品を支える生産現場では、意外な格闘が繰り広げられている。神奈川県小田原市にある小田原生産センターでは、入社2年目の生産本部・伊藤彩乃が毎日、カイワレの生育の状態を調べ、細かくデータを取っている。

「いかに美しい苗をお客様に提供できるかがポイント。同じ段階の生育状態も、日によって全く異なることがあるので、少しの変化でも気付くことが重要だと思っています」(伊藤)

全国に8カ所ある村上農園の生産拠点。それぞれの気候の違いなどで、品質にばらつきが出てしまう。それを乗り越えるのが、現場スタッフたちの細かいデータ分析など、地道な努力と愛情だという。

「元気に育ってくれるとうれしい。かわいいですよ、小さい時から育てているので」(伊藤)

わずか100円、200円のスプラウトへの村上農園の執念。本社のモニター室は、全国の生産拠点をバックアップする場所だ。蓄積した膨大なデータを元に、全国どこでも均質なスプラウトを作れるよう、アドバイスしている。

「農産物は『天候の影響は仕方ない』となりやすいですが、うちの会社では『仕方ない』は許されない」(村上)

村上農園は、今までの農業にはなかった斬新な手法で、高品質な野菜を作り上げているのだ。



売り上げが4分の1に~「カイワレ生産日本一」を襲った悲劇

静岡県焼津市の大井川生産センターに村上農園の生産拠点で最も厳重に管理されている一室がある。室内に入ると、大きな筒状の透明なケースがずらりと並んでいる。

ここはブロッコリースーパースプラウトの生産施設だ。その種をケースの中に入れると、全自動で、プログラム通りに栄養分の入った水の噴射や回転が行われる。出荷までわずか5日。その光景は、まるで近未来の野菜工場のようだ。

村上農園を創業したのは村上の親戚、村上秋人。旧制農学校を卒業した秋人は、刺身のつま、紅タデの生産を手がけ、拡大していく。1970年代後半には、もう一つの柱として、当時、広がり始めていたカイワレの生産に乗り出し、順調にビジネスを伸ばしていった。そんな親戚の会社に後継者として入ったのが、村上だった。

1990年代にはカイワレ生産で日本一となっていた村上農園。ところがそんな村上たちを大事件が襲う。

1996年、大阪・堺市の小学校で起きたO-157による食中毒事件。1万人という膨大な患者、そして4人の死者(うち1人は後遺症で2015年に死亡)まで出る中、村上農園は根拠ない一言で存亡の危機に立たされる。

それは菅直人厚生大臣(当時)の「カイワレ大根が原因である可能性は現時点では否定できない」という発言だった。これにより、日本中のカイワレ農家が窮地に追い込まれる。村上も当時、マスコミの取材に応じ、必死に、安全性に問題はないと繰り返した。

「売り上げが4分の1になりました。カイワレ大根専業でしたので、若い従業員の8~9割が辞めています。たぶん当社が一番先に潰れると思われていたと思います」(村上)

あまりに風評被害が広がったため、菅氏はカイワレ大根を食べて安全性をアピールするパフォーマンスを行ったが、それもむなしく、業者は半減、自殺者まで出る事態になった。

大きなショックを受けた秋人。しかし廃業の淵に立つ中、村上は希望を捨てなかった。

「大変な状況だからこそ、それに立ち向かって何とかするしかない、と」(村上)



健康野菜スプラウト誕生秘話~カイワレ風評被害からの大逆転

そんな村上に、一筋の光明となったのが、試験的に栽培をしていた豆苗だった。そして豆苗に注力し、売り上げが持ち直し始める中、村上の元にある情報がもたらされた。

それは、アメリカに行っていた社員からの「面白い論文を見つけました。ブロッコリーにすごい効果があるらしいんです」という電話だった。

その論文こそ、ブロッコリーの若い新芽に豊富に含まれるスルフォラファンという成分についての研究だった。論文を読む秋人の目の色がみるみると変わっていった。

「ジョンズ・ホプキンス大学で研究開発された野菜なのですが、『がんを予防する成分がある』と大々的に発表された。もちろん日本の消費者の皆さんにも非常にいいことだし、カイワレ大根は厳しくなりましたが、もしかしたらブロッコリーで何とかなるのではないかと思ったのです」(村上)

秋人は、論文を発表したジョンズ・ホプキンス大学におもむき、ポール・タラレー医学博士と面会。高濃度なスルフォラファンを含むブロッコリースプラウトの生産法について、粘り強く交渉を続け、ついに日本での独占的なライセンス契約に成功する。

「高成分のものを作るにはアメリカの大学と提携することが一番早いし、内容成分のしっかりしたものを作らないと、消費者の皆さんに効果を訴えることができません」(村上)

現在、いくつもの会社からブロッコリースプラウトが売られているが、含まれるスルフォラファンの量は、村上農園のものが群を抜いている。

その秘密は本社内に構えたスルフォラファン研究所の中にある。絶えずその成分を分析し、毎月アメリカにサンプルまで送り、より高品質のブロッコリースプラウトを作る努力を続けているのだ。

タラレー博士が亡くなった後も、村上と深い付き合いを続けている息子のアントニーさんはこう語る。

「私の父は、秋人さんたちの高品質で清潔、安全なスプラウト作りに感銘を受けたのです。なぜなら、スプラウトの生産にはそれが最も重要なことだからです。我々はとてもラッキーでした。全く同じ価値観の最高のパートナーに出会うことができたのですから」

沖縄に豆苗料理が続々と誕生~スプラウト野菜の未来

沖縄県大宜味村の「ぶながや食堂」を訪ねてみると、出てきたのは「ぶながやそば」(700円)。上には豆苗が山盛り。最近登場した豆苗の沖縄そばだという。これこそ豆苗未開の地・沖縄への村上新戦略だった。

最近、沖縄では以前は見かけなかった豆苗が急速に広がっているという。村上農園は6年前に沖縄に大宜味生産センターを建設。本州に比べ、葉物野菜が育ちにくい沖縄で新たな挑戦をしているのだ。

「沖縄県は夏場の野菜の生産に非常に苦労している。それをある程度、我々が賄うことができるのではないか、と」(村上)

沖縄の食文化にあうレシピを提案。豆苗は徐々に浸透し、生産量も上がってきているという。沖縄村上農園社長の仲宗根悟は「学校給食でも子どもの評判がいい。シャキシャキしておいしいと」と言う。

「我々の考えているスピードより早く、沖縄料理に取り入れられ、定着している感があります」(村上)

沖縄での生産は、地元企業と村上との合弁会社が行うという新たな枠組みで始まった。村上の高度な生産ノウハウでさまざまな地域の企業に野菜作りをしてもらうのが狙いだ。

「沖縄モデルを作る。その沖縄モデルを海外に展開していくひとつのステップにしていきたい」(村上)

一方、宮城県大郷町でも新たな挑戦が始まっていた。村上が視察にやってきたのは、東北初となる村上農園の新工場の予定地だ。広さは6ヘクタールと、実に東京ドーム1.3個分に及ぶ。

普通の工場と違い、野菜を作る村上農園の施設は農地にも立てられる。後継者不足や、耕作放棄地が増え続ける地方の農業にとって、村上農園の施設は農地の新たな利用法として期待されている。

「これだけ大規模な農業法人を誘致できたことで、将来の農業に大きな夢を与えたと思っています」(田中学町長)

村上が作り上げてきた農業に今、さまざまな可能性が広がっている。



~村上龍の編集後記~

広大な施設、ITを駆使した設備、まるで工場だと思った。だが村上さんの話をうかがって、生命を育む農場なのだとわかった。

工業製品は規格品だ。スプラウトは生きていて、厳密には1本1本違う。「成長しすぎたら破棄」と聞き、最初、違和感があった。だが内実は違った。農園で働く人たちは、赤ちゃんを育てるようにスプラウトと接する。だから、破棄など絶対にしたくない。

やむを得ず破棄するときは、心を痛め、さらなる努力を払い、破棄が減っていく。スーパースプラウトにはかすかな苦みがあった。生命の苦みだと思った。

<出演者略歴>

村上清貴(むらかみ・きよたか)1960年、山口県生まれ。1983年、広島大学卒業後、リクルート入社。1993年、叔父の経営する村上農園入社。2007年、社長就任。

(2019年5月16日にテレビ東京系列で放送した「カンブリア宮殿」を基に構成)