改憲勢力2/3割れ。安倍首相が憲法改正のチャンスを逃した理由

takano20190724
 

先日行われた参院選で、「勝利」は収めたものの改憲勢力議席は2/3を割り込み、悲願の憲法改正が遠のいた形となってしまった安倍首相。当選挙前までは衆参両院で「改憲勢力2/3超」となっていたわけですが、その間、なぜ改憲は実現しなかったのでしょうか。ジャーナリストの高野孟さんが自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で考察するとともに、安倍政権の今後を予測しています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2019年7月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

参院選で改憲勢力は3分の2を喪失──ゆっくりと坂を転げ始める安倍政権

参院選で自民党は57議席、公明党は28議席、合わせて71議席を獲得し、非改選と合わせて141議席を占めた。「71」は全改選議席数124の過半数「63」を8つ上回り、「141」は新定数245の過半数「123」を18も上回って今後とも安定した政権運営を続けることができるということで、これは紛うことなき安倍晋三首相の勝利であり、「国政選挙6連勝の偉業達成であるとされる。

しかしその割には、画面で見る安倍首相の表情には精気が乏しく、ボードの当選者にバラの花を付ける時にも口は笑っていても目は淀んでいる。それはそのはずで、

▼自民党の今回改選数は66であるのに対し、当選数は57で、9議席減らしている。定数が3増えていることを思えばそれ以上の後退と言える。

▼自民党は選挙前、旧定数242に対し122で、辛うじて単独過半数を持っていた。ところが今回の結果、新定数245の過半数123に対し自民は113で10議席も足りなくなった。ということは、今まで以上に公明党の言うことに耳を傾けざるを得なくなるのである。

▼さらに重大なことに、選挙前は旧定数242の2/3超=162に対し自民党122+公明党25+維新・希望15=162で、ギリギリ「改憲勢力」2/3超を実現していたが、今回の結果は113+28+16=157で、新定数の2/3超=164に対して7議席も足りず保守系無所属を掻き集めても埋まりそうにない

3項加憲論が間違いの始まり

つまり安倍首相は、3年前の参院選によって生じた衆参両院で改憲勢力が3分の2を占めるという千載一遇の機会を活かすことが出来ないまま早くもそれを手放してしまったということである。そうなった要因はどこにあるかと言うと、

第1に、安倍首相自身の浅はかな憲法理解に基づく「9条3項加憲論の筋の悪さである。

9条1項2項をそのままにして3項を付け加えてそこに自衛隊の存在を言葉として明記するというアイデアは、前回参院選の直後に日本会議系のシンクタンク=日本政策研究センター代表の伊藤哲夫が同センターの機関誌『明日への選択』16年9月号に書いた論文「『三分の二』獲得後の改憲戦略」の受け売りである。その要旨は本誌で何度か触れているので(例えばNo.890、17年5月22日号「憲法9条は改正可能なのか? 安倍政権の描く『加憲』のシナリオ」)繰り返さないが、要するに1項2項に触らないのであれば護憲派も文句を言えないだろうという、一見すると巧妙な野党攪乱戦術ではあるけれども、少し考えれば論理的に全く意味をなさない唯の言葉遊びでしかないことがたちまちバレてしまう程度の代物である。

安倍首相が胸を痛めているように、自衛隊を違憲だと指摘する人は今も後を絶たなくて、それは、国連憲章と日本国憲法を貫いている反戦平和・国家非武装の理念と、目の前で朝鮮戦争が勃発してGHQの命令で急遽、警察予備隊を編制して対米協力をしなければならなかった歴史との──要するに理想と現実とのどうにもならない矛盾相克の根深さゆえである。9条を議論するとすれば、その戦後日本が抱え込んだ根本矛盾を、遠い理想の方向に向かって現実を変革していくのか、目先の現実に従って理想を取り下げるのか、どちらを選ぶのかというところから始まるはずで、安倍首相は言うまでもなく後者だが、彼はそのようにキチンと国会にも国民にも問いかけたことがない

そこを避けた上で、戦後自民党がやってきたのは、自衛隊はあくまで実力であって9条2項が明確に禁じている戦力には当たらないというそれこそ姑息な言葉遊びにすぎなかった。それではどこまでが実力でどこからが戦力なのかという説明が付くわけがなく、いくら野党が国会で追及しても曖昧にごまかし続けるしかなかった。そのため12年の自民党改憲草案は2項を削除した上で自衛権の発動国防軍の保持を明記することでこの言葉遊びを止めることを企図していた。それに対して伊藤=安倍の「3項加憲」論は、2項の戦力禁止を削除せずに3項に「自衛隊の保持」を盛り込もうとしているので、相変わらず「ではその自衛隊は戦力ですか」「いえ、実力です」「では実力の定義は何ですか」といった禅問答が続くことになってしまう。つまり、安倍改憲論は自衛隊の存在をめぐる矛盾を何も解決することにならないのである。

自衛官の子どもが可愛そうとかいった情緒論に立って、それを解消するには憲法に「自衛隊」と書き込みさえすれば済むというのは、いまだかつて自民党の指導者から発せられたことのない、驚くべき幼稚な9条論で、こんなものに自民党の憲法族や防衛族をはじめまともな保守政治家が喜んで付いて行くわけがない。そのことが全く理解出来ずに、独り笛を吹いて踊っている間に、貴重な3年間が終わってしまったのである。

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