かつてはあらゆる面で「世界一」と言われた日本の製造業ですが、平成を経て令和の今、以前の面影もないほど悲惨な状況となっています。もう一度輝きを取り戻すことはできないのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著者で世界的エンジニアでもある中島聡さんが、「我が国の製造業を挽回させる唯一の道」を記しています。
※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年9月10日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
米中の貿易戦争は日本にとってチャンスなのか
トランプ政権による中国からの輸入品に対する制裁関税が9月1日に発動されました。12月にはさらに品目が追加され、中国からの輸入品ほとんど全てに10%の関税を上乗される事になります。
これには色々な意味がありますが、大雑把に言えば、
- 選挙のための人気取り
- 中国に対する制裁
- 中国に製造を委託している米国企業に対するメッセージ
の3つ意味があります。
マスコミは、1と2ばかり強調しますが、もっとも本質的なものは3番目です。
米国で暮らしていると日々感じる事ですが、米国で入手できるほとんど全てが外国産で、そのうちもっとも多いのが中国産です。
米国の市場は、競争原理が健全に働いているため、企業に対する進化圧が厳しく、経営者はビジネスの効率化を常に行います。
設備投資が必要で、かつ、固定的な人件費が必要となる製造ラインを外部委託するのは当然の流れでした。
スティーブ・ジョブズが復帰してからのAppleが典型的な例で、自社工場を全て閉鎖し、製造を全て外部委託する事により、固定資産と固定費を減らし、自分たちが得意な事(ハードウェアの設計、ソフトウェアの開発、ユーザー体験の提供)だけを集中して行う企業体へと生まれ変わったのです。
日本ではあまり意識されていないかも知れませんが、この時に米国の企業が参考にしたのが、トヨタの「カンバン方式」と「カイゼン」です。80年代に米国の家電・自動車産業が日本企業に壊滅的な打撃を受けた時に、「なぜ日本企業は米国よりも品質が高くて良いものが作れるのか」に関する研究が盛んに行われ、その中で象徴的な事例として注目されたのが、トヨタの「カンバン方式」と「カイゼン」だったのです。
私は、2000年代に米国でMBAを取得しましたが、Business Operationの授業で徹底的に教えられたのが、この二つです。「カンバン方式」は、在庫リスクを下請けに負わせる事により自分たちが持つ在庫を究極にまで減らす手法、「カイゼン」はわずかな改良の積み重ねによって製造工程を効率化し続ける手法の代表として、“Kanban”、“Kaizen”という言葉を使って、学生に徹底的に教えるのです。
米国企業は、この日本から(正確にはトヨタから)学んだ手法をさらに極め、実際の製造を人件費の安い中国にアウトソースする事により、「日本よりも品質の良いものを、日本よりも安く」製造する事に成功したのです。
その結果、誕生したのが、
- $1T(約100兆円)の企業価値を持つApple
- 中国で生産されながら高い品質を誇るiPhone/MacBook
- Foxconnに代表される「世界の工場」としての中国
だったのです。
一方の日本企業は、日本特有の雇用規制により簡単に人が解雇できないため、製造ラインのアウトソース化が進まず、(中国と比べて)高い人件費のために高い製造ラインを抱えたまま、次第に競争力を失って行ったのです。
さらに悪い事に、本来アウトソースすべきでないソフトウェアの開発を下請けに丸投げするというITゼネコン方式でソフトウェアを作る文化が出来てしまったため、もっとも重要なソフトウェアで勝負が出来ない企業になってしまったのです。
私は、もし日本がここから製造業で挽回するとしたら、ロボット工場しかないと思います。産業用ロボットに関しては、まだ日本が優位を誇っているので、それを活用して、単なるハードウェアだけではなく、ハードウェアやセンサーをコントロールするソフトウェア、生産管理・品質管理・在庫管理などを行うソフトウェアをSaaS(Software as a Service)として提供するのが良いと思います。
それも、日本国内に工場を建てることにはこだわらず、顧客のニーズにマッチした場所(地震が少ない、電力が安い、税金が安い、流通に適している、部品の調達がしやすいなど)に無人工場を建て、かつ、運用もしてあげる、というFactory as a Serviceビジネスが良いと思います。
それをすれば、人件費が中国に比べて高い、地震が多いなどのデメリットを克服して、再び製造業で日本が活躍できる時代が来ても不思議はないと思います。
特にAppleなどの米国のハードウェア企業には、トランプ政権からの「中国ではなく、米国国内で生産しろ」という強い政治的圧力がかかっている上に、AppleだってFoxconn一社にばかり頼っていられないので、日本のメーカーがAppleに対して「日本のロボット技術で、米国に建てた無人工場でiPhoneを生産する」という提案をすれば、地元との交渉(土地の安い借り上げ、税金の控除など)はAppleがしてくれるだろうし、工場を建てる資金の提供も(社債という形で)してくれる可能性が大きいと思います。
この計画の唯一の問題点は、「無人工場では雇用が増えない」点にありますが、そこは「雇用が増える」実際のメリットよりも、「中国に任せていたiPhoneの生産を米国国内ですることになった」という見かけ上のメリットを重視して人気取りに利用できることをトランプ政権に上手に気付かせてあげれば、何とかなると思います(後から、地方自治体には怒られるとは思いますが)。
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※ 本記事は有料メルマガ『週刊 Life is beautiful』2019年9月10日号の一部抜粋です。