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台風15号被害で森田健作知事「誰が悪いわけではない」の無責任

9月9日未明に上陸した台風15号により、甚大な被害を受けた千葉県。停電、断水の復旧に時間を要し、熱中症や家屋修繕中の事故などの二次被害も多く報告されています。このような状況を「危機管理の失敗」と一刀両断するのは、米国在住の作家、冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、今回の強風被害では「制度の誤り」が露呈したとし、二度と同じことが起きぬようその設計思想を徹底的に検証すべしと記しています。

台風15号の二次災害は危機管理の失敗

今回の台風15号における千葉県の暴風被害については、被災から2週間を経てもまだ一部地域で停電が続いていますし、多くの家屋ではブルーシートで雨水の侵入を防いでいるわけです。そのブルーシートにしても、今度は台風17号の強風で吹き飛んでしまったところが多いと聞くと、胸のつぶれる思いがします。

またブルーシートを張る作業に関しても、現時点ではようやく技術のある職人やその補助のボランティアなどの活動が本格化していますが、被災直後の状況では、住人が屋根に登って慣れない作業をする中で、転落事故が100件以上死者も報道されている限りでは3名出ているということで、こちらも厳しい状況です。

驚くべきは、恐らくは1万5,000軒以上の住宅が激しく損壊しているにも関わらず、県から国への激甚災害指定の要望が行われたのが9月18日であり被災から9日つまり1週間以上経過しているということです。

その他にも、停電からの復旧見込みについて東電が甘い見通しを発表していたとか、千葉県が備蓄していた発電機が使われずに眠っていただけだとか、巨大なゴルフ場の鉄柱が倒壊して多くの住宅を押しつぶそうとしているのに行政が動けないとか、様々な問題が報告されています。

それ以上に、現時点では回復してはいるものの、停電して地上電話と携帯電話が不通となると、その地域はあらゆる情報から隔絶するだけでなく、情報発信ができなくなるので地域が被災して住民が大変な苦痛を強いられているにも関わらず報道もされないし行政も動かないという現象が起きました。これは大変な問題であったと思います。

誰が悪いのでしょうか?

例えば、千葉県の森田健作知事の責任を問う声があります。確かに今回の台風15号では、千葉県庁の対応スピードについては鈍い印象があります。また、知事自身が「誰が悪いわけではない」というような発言をしており、自分と身内をかばっているとも受け取れるようなこの発言で印象が悪化しているのも事実です。

ですが、森田知事が悪いということはできないと思います。森田知事といえば、役者出身のタレント政治家でしたから、こうした有事にあたっては「俺が責任を取るから、ルールの縛りを超えて思い切って被災者を救って欲しい」などと絶叫して、自らワイシャツの袖をたくし上げて被災地に突っ走るイメージがあり、そのイメージを裏切っているのは事実です。

ですが、そのイメージと「中の人」はまた別です。またご本人も、昔のファンも年齢を重ねたこともあり、そのような「俺は男だ」式のリーダーシップは無理ということで諦めるしかないと思います。この点で知事を責めるのは酷です。

一方で、実はこの「誰が悪いわけではない」という発言には続きがあります。こちらの方は大問題であり、見過ごせないものがあります。それは「これが何が悪いわけでもない」というものです。

正確に報道内容を確認しますと、例えば読売電子版によれば、この発言は、被災後9日経ってからの9月18日に、知事が「自民党の県選出国会議員らと首相官邸を訪れ、安倍首相に対し、激甚災害の早期指定を要請」した後で、記者団に対して語ったセリフのようです。

その文言ですが、「(総理からは)非常に前向きな話を頂いた」と語った後で、国や県東電などの対応に批判が出ていることに関して、「混乱したことは事実で、混乱の中で色々な問題が出てきた。誰が悪いこれが悪いではない」と言ったというのです、読売の表現によれば、「強調した」となっています。

冗談ではありません。絶対に何かが悪いのです。21世紀の日本で台風の強風被害があったからといって、1週間も2週間も電気が来ない、水道が止まった、電話も携帯も通じない、止むに止まれず屋根に登って作業していた人が100人以上転落して、少なくとも3名が死亡した、その他にも熱中症死など二次災害が相次いだ…というのは「悪い」のです。あってはならないことです。

ハッキリ言えば、危機管理に失敗したのです。

誰か特定の人物を批判するのは無意味でも、明らかにこの「これ」つまり今回の強風被害では「制度の誤りが露呈したのは事実です。であるのなら、2つのことをしなくてはなりません。

1つは、現時点でも残っている問題に対して「現行制度の欠点を補って緊急で対策を行うことです。

2つ目は、二度とこういう失敗を繰り返さないために制度や体制の変更を行うということです。

まず、どうして激甚災害の指定を要望するのに9日もかかったのでしょうか?それは、県として必要な被害の状況を把握するのに時間がかかったからです。どうして時間がかかったのかというと、大きく2つの理由があるようです。1つは規則では「各市町村から電話で県庁に報告する」というルールがあるのですが、電気が通じておらず携帯基地局もダウンした中では報告ができなかったという問題です。

つまり10軒の全壊がありましたという報告と、何も報告がないというのを比較すると、平時では10軒の全壊の方が大変な事態であり、報告ゼロというのは問題がないと理解ができるわけです。ですが、今回の場合は、報告がないというのは、報告手段も全て奪われたという大変な危機であるわけです。にも関わらず、正確な数字の報告がないとして県庁として待っているだけだったというのは、ルールに縛られすぎです。

2つ目の理由は、その被害の調査です。全壊なのか半壊なのか、一部損壊なのかという3つのカテゴリに分けて調査をするわけですが、その調査の結果として3つのどのカテゴリに入るかというのは、その家屋に対する見舞金の額に反映されるのです。例えば半壊なら出るが、一部損壊だと見舞金が出ないといった制度があるわけで、そうなるといい加減な調査というのはできないわけです。

そうした結果として、被災者への支援を決定するための国への報告がいつまでもできない、9日かかってようやくできたが、数字自体はまだまとまっていないという、文明社会では考えられないような状況になっているわけです。

例えばですが、全体の支援に必要な予算を算定するための被害件数の概略については、千葉県ぐらいの面積であれば世界中で保険会社が使っているドローンによる撮影とソフトによる解析を使えば数日でできるはずです。

また、半壊なら見舞金が出るが、一部損壊では出ないというのもおかしな話です。家屋の損傷とそれに対する修繕費というのは、ピンからキリまであるわけで、そこを非常にラフな3つのカテゴリに分けてしまうというのはいい加減すぎると思います。と言いますか、そのカテゴリ分けが「住み続けられるのか?」という基準、また修繕コストの相当な支援になるかという基準とはかけ離れてしまっている分けです。

恐ろしいことに、その数字ですが極めて厳しい内容となっています。本稿時点でのNHKの最新数字(23日現在)では

「全壊が100棟、半壊が1,266棟、一部損壊が1万1,201棟、床上浸水が47棟、床下浸水が67棟」

つまりあれだけの強風被害にも関わらず、あくまでこの時点の数字ですが、全壊家屋が100棟、半壊が1,266棟で、残りは見舞金ゼロの一部損壊だというのです。バカな話としか言いようがありません。つまり、日本の台風被災に対する救援の制度が「水害」に偏っており、「暴風については過小評価をしているという制度的欠陥があるのだと思います。

ということで、「誰かが悪い」のではないかもしれませんが、明らかに「制度は悪い」のです。要するに、

  1. 実情に合っていない
  2. 形式主義で本質とズレている
  3. 深刻な危機における「緊急避難的な」対応ができない

という根の深い問題があるということで、危機管理としては全くの失敗ということになります。

制度の問題としては、例えば、

というような問題があります。どのルールにも、一応の理由はあるのですが、とにかく国民の生命財産が危機にさらされている有事においては、緊急避難的な対応ができるように、制度設計と人材育成の方針を変えないといけません

一番いい例がブルーシートです。被災直後に、天気予報では大雨が迫る中で、各被災地では必死になってブルーシートの配布が行われました。ですが、この時点ではとても職人を集める時間はないわけで多くの住民が自分で屋根に登ったわけです。

ブルーシートを配るのなら、高所作業をする職人を集めるべきですし、どうしても間に合わないのなら安全に作業をするための注意事項を(携帯も通じないので)紙か、(選挙カーや街宣車のような)スピーカーでのアナウンスで伝えるべきです。また、超高齢の方が無理して作業していないか、近隣の人々、それがダメなら行政が見回って、明らかに危険な状態のケースは支援をするべきです。

そうした「やっておけば命が救えたかもしれないことがルールにないからできない、その一方で、少し状況が進んだところで「危険だから専門家しか屋根に登ってはダメ」という正論を小出しにする、これではダメだと思います。

とにかく、屋根が飛んだ、あるいは屋根が大きく損壊したという中で、大雨が迫るというのは、人々の生きていくのに必要な家屋という財産が奪われるということです。そこで住民が命がけでブルーシートを張ろうとした、その緊急避難的行動に対して行政は何もできなかった、その結果として100名が負傷して3名が死亡した、こうしたことは「仕方がなかったでは済まないはずです。

いずれにしても、今回の危機管理は失敗です。その原因は、個人に帰するものではないわけで、ルールの設計とその設計思想にあると思います。徹底的な検証が必要と思います。

image by: 陸上自衛隊 東部方面隊 - Home | Facebook

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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