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呆れた無罪判決。東電の旧経営陣に刑事責任を科すべき明白な証拠

福島第一原発事故の刑事責任を問われていた東京電力の旧経営陣3名に対する「無罪判決」に、非難の声が上がっています。彼らが無罪であるのなら、その責任は誰にあるというのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、彼ら3名に刑事責任を科すべき理由を記すとともに、今回の判決の下地になっているとも言える、「ある法曹界の固定観念」が司法への不信感を招いていると厳しく批判しています。

東電の旧経営陣に刑事責任を科すべきこれだけの理由

原発事故の刑事責任を問われた東京電力の元経営者3人が東京地裁で無罪になった。業務上過失致死傷罪は適用できないとする判断だ。

JR福知山線事故で、JR西日本の歴代社長3人が同じように無罪とされたときもそうだが、日本の司法は巨大企業が起こした歴史的な大規模事故について、あきれるほど経営者に寛大である。

そのくせ、零細業者が起こしたものは、たやすく経営者の罪を成立させてしまうのだから、たいそうな差別だ。

判決文にはこうある。「当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制等の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとみざるを得ない」。

「絶対的安全性」は求められていなかったというのだ。およそこの世の中に「絶対」はありえないとはいえ、絶対的安全性を確保するという前提がなければ、核の暴走で国を滅ぼしうるような装置を動かすべきではないのではないか。

一時は原子力委員会の委員長が「首都圏を含む住民避難が必要になる」と心配したほどの原発事故が現実に起きたのである。核エネルギー装置を動かす会社の経営者には、甚大な事故が起きれば自ら法の裁きを受ける覚悟が必要ではないか。大きな責任があるからこそしこたま報酬を受け取っているのだ。

被告は勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の旧経営陣3人。判決は、彼らに「人の死傷について予見可能性があったと認められない」とした。

予見できる可能性がなかった。ほんとうにそうだろうか。37回におよぶ公判で浮かび上がってきたのは、そんなことではなく、旧経営陣の安全確保に対する消極的な姿勢だった。

予見可能性があったかどうかを判断するポイントは、阪神・淡路大震災をきっかけに文科省に設置された地震調査研究推進本部・長期評価部会が2002年に公表した「長期評価をどう見るかだ。その内容をごくごく簡単にまとめるとこうなる。

「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域のどこでも、マグニチュード8.2前後
の地震が発生する可能性があり、その確率が今後30年以内に20%程度」

同部会の部会長だった島崎邦彦氏(東京大学地震研究所教授)によると、地震波解析、GPS、古文書、地質、地形など、異なる分野から出された意見をもとに「最も起きやすそうな地震を評価してきた」という。

地震の短期予測はまず不可能かもしれないが、長期予想は侮れない。日本列島は、海側のフィリピン海プレート、太平洋プレート、大陸側のユーラシアプレート、北米プレート、これら4つのプレートが押し合い、隆起して形成された。プレート境界ではつねに地震エネルギーがたまり、やがて限界に達して、プレート境界型地震が一定期間を経て繰り返し起きてきたことが古文書や地層などから推定される。

マグニチュード8.2前後の地震が今後30年以内に20%程度の確率で起こるという専門家会議の報告は、原発をかかえる会社として、決して無視できる内容ではない。これまで大丈夫だったから大丈夫と思いたいのが心理的な自己防衛反応だろうが、しかるべき機関に不穏な材料を突きつけられると「もし起きたら」と不安も膨らむに違いない。

担当者なら、なおさらだ。東電の津波対策を担当するセンター長だった元幹部は、2008年2月、勝俣元会長や武藤元副社長らが出席する“御前会議”で、津波の想定の引き上げで新たな対策が必要になると報告し、異論なく了承されたという(元幹部の供述調書より)。

津波担当部門が「長期評価」をもとに計算したところ最大15.7メートルの津波が福島の原発を襲う可能性があるという結果が出ていたのである。

こんな大津波に見舞われたらどんなことになるかは明らかだった。平成16年にのスマトラ沖地震大津波のあと国が設けた勉強会で作成された資料には、福島第一原発が敷地より1メートル高い津波に襲われ、浸水し続けた場合、電源を失う可能性があるという検討結果が示されていた。それよりはるかに高い津波が想定されるというのである。

15.7メートルの津波を想定して沖合に防潮堤を建設する場合、数百億円規模の工事費がかかると見込まれた。勝俣氏ら経営陣にとっては、知りたくない情報だ。当時、新潟県中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発を停止し、会社の収支が悪化していた。そのうえ、福島第一原発の津波対策工事にとりかかり、完成まで原発の停止を国に命じられるようなことになれば、ますます経営が苦しくなる

経営陣は、最大15.7メートルのもとになった「長期評価の信頼性を低める作戦に出た。手がかりはあった。「長期評価」には以下のような文面が表紙にわざわざ付け足されていたのである。

今回の評価は、現在までに得られている最新の知見を用いて最善と思われる手法により行ったものではありますが、データとして用いる過去地震に関する資料が十分にないこと等による限界があることから、評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要があります。

実はこれ、長期評価部会が嫌がったのに無理やり内閣府が付け加えさせた文章なのだ。

第11回公判で島崎氏が証言したところによると、「長期評価」の公表予定日だった2002年7月31日の5日ほど前、事務局の前田憲二氏(文科省地震調査研究課管理官)から、島崎氏にメールが届き、そこに、内閣府の地震・火山対策担当、齋藤誠参事官補佐の文書が添付されていた。

その中身は「(長期評価は)非常に問題が大きく…今回の発表は見送りたいがそれがだめなら最低限表紙の文章を添付ファイルのように修正してほしい」という趣旨だった。内閣府の判断を訝った島崎氏は「修正文をつけるくらいなら出さないほうがいい」と反対したが、結局は押し切られた。

地震調査研究推進本部は文科省の管轄下にある機関だが、内閣府・中央防災会議の意見を聞かなければならない。つまり内閣府にコントロールされやすいのだ。

東電の経営陣にとって、「長期評価」の限界をわざわざ表紙で断り書きした文面は利用価値があったに違いない。

担当の社員が2008年6月、武藤栄元副社長に「津波の高さの想定を引き上げ、その対策をとることが必要になる」と報告したのだが、翌月、武藤氏から社員に告げられた回答はこうだった。「土木学会に検討を依頼せよ」。

想像するに、武藤氏は原子力部門のトップを務めた武黒元副社長なり、勝俣会長なりに相談したうえで、この件については社外に放り投げ先送りすることに決めたのではないだろうか。

その後、武藤氏が、土木学会での検討状況について報告を求めることすらしておらず、その理由を法廷で問われ「社員から報告がなかったから」などと答えているところを見ると、はなから大津波対策にタッチしたくなかったのではないかと、疑われる。

武藤氏も当初は部下の問題意識に理解を示していたという。姿勢が変わったウラには、その上司である武黒勝俣両氏の考えがあったのだろう。

武黒元副社長は「長期評価については学者でも意見が分かれ信頼性も低いという報告を受けた」と証言。

勝俣元会長も、津波対策の担当部長から14メートルていどの津波の可能性について聞いたが、「部長の発言のトーンが懐疑的だった」と述べた。

いずれも筆者には責任転嫁と映る。彼ら経営陣は、「長期評価」に基づく部下たちの危機意識を知りながら、真摯に向き合おうとせず、いかなる対策をとろうともしなかったのではないか。

大津波なんて、いつ起こるかわからないものの対策工事に莫大なコストをかけ、場合によっては原発の運転を止めるようなことになったらどうするのか。大丈夫だ、俺たちの生きているうちにとんでもない災害が起きるわけはない…そんな心理に逃げこんでいたのではないか。

検察官役の指定弁護士は論告で「原発の安全性についての意識が著しく欠如し、最高経営層としての資格も問われると言わざるをえない」と指摘した。

明治以降だけでも、東北には死者2万1,959人の明治三陸地震津波(1896年)、死者・不明3,064人の昭和三陸地震津波(1933年)が襲来しているのである。自分たちが生きてきたわずかな期間に何も起こらなかったからといって、これからも起こらないと考えるのは、想像力の欠如というより、原子力を扱う企業の経営者として怠慢であり自然に対する傲慢であるといわざるをえない。

判決には、こういう記述もある。

東京電力社内、他の原子力事業者、専門家、行政機関のどこからも「長期評価」の見解に基づいて直ちに安全対策工事に着手し、これが完了するまでは本件発電所の運転を停止すべきである旨の指摘がなかった

原子力ムラの企業、学者、官僚の誰もが、原発の津波対策を必要と考えていなかったから、東電の責任者3人が津波対策をしなかったのは仕方がないというのだ。

あんな大津波が起きて原発が破壊されるなんて、当時は誰も考えていなかったじゃないか。学者も経産省も原子力安全・保安院も何も言っていなかった。だから、俺たちも取り組まなかっただけだ。俺たちのせいじゃない。そう被告たちは思い、裁判官たちも事故の起きる3年前のあの時点における経営陣の判断は社会通念上刑事罪を負うほどの過失とはいえないと判定した。

しかし、実際には、れっきとした国の機関である地震調査研究推進本部から大津波の起きる確率が高いと警鐘が打ち鳴らされ、社内からも大津波対策の必要性を訴える担当者の声が上がっていた。東北の海岸には歴史上、繰り返し大津波が襲ってきたこともわかっている。

それでも、東電の旧経営陣に業務上過失致死傷罪が適用できないというのだろうか。

これまで全国各地で、原発事故の避難者によって東電に対する民事訴訟が提起されている。そして一審判決が出た12件の裁判で、長期評価に基づいて「津波は予測できたとの判断のもと東電に賠償を命じているのだ。

電力会社は国に総括原価方式や地域独占を許され、大名商法のぬるま湯に浸かってきた。必要なコストは国民が負担し、利益が出るような構造になっているのだから、その分、国民の安全に対する責任は重いはずだ。儲けはぬくぬくと享受し安全はおろそかというのでは電力会社を経営する資格はない

東京地裁に、原子力ムラや安倍政権への忖度があったかどうかは知らないが、そもそもこのようなケースで経営者個人の刑事責任を問うのは難しいという法曹界の固定観念のようなものが厚い壁になっている。

しかしそれは、きわめて重大な事故を起こしたのに誰一人罪を負わないのか、という一般人の素朴な疑問と、あまりに乖離しており、司法への不信につながっているのも確かだ。

裁判所の厚い壁を感じつつ、指定弁護士は目下、控訴すべきかどうか検討中だという。控訴期限は10月2日である。

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