一人の男が33年かけて完成させた妄想の「理想宮」【フランス】

TRiP EDiTOR編集部
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2018/03/12

「空想」という言葉を聞いて何を思い浮かべますか? 実現しないからこそ、人々は「空想」と呼ぶのかもしれませんが、空想を実現した偉人も世界には稀に存在します。今回ご紹介するのは、当時43歳の郵便配達人が空想で創り上げた城塞のお話です。完成にかかったのは実に33年間もの月日。毎日30kmもの距離を徒歩で配達していた彼を、空想の世界の実現に駆り立てたものとは、そしてそれを実現へと導いたものとは、一体何だったのでしょうか。

何キロもの距離をひたすら歩きながら、空想を楽しむようになった郵便配達人の熱い想い

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シュヴァル氏はどんな想いでこの城塞を作りあげたのだろうか? ©PALAIS IDÉAL – DR/MÉMOIRES DE LA DRÔME

現在、年間15万人もの観光客が訪れるようになったフランスのドローム県にある城塞は、今から100年以上前の1912年に、郵便配達人フェルディナン・シュヴァル氏によって完成されました。

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シュバル氏(Wikipediaより)

かつてはリヨンでパン職人をしていた彼でしたが、のちに郵便配達人となり、転勤をきっかけに移り住んだのが、ドローム県オートリーヴでした。

今では考えられませんが、当時の彼の配達業務は、すべて徒歩。毎日30kmもの距離を誰とも話さず、一人でひたすら歩いて配達をこなしていたそうです。私たちも、日常で少し悩み事や辛いことに直面した際に、一番手軽にできるリフレッシュ法は、散歩ではないでしょうか。景色を見ながら歩いていると、それまで塞ぎ込んでいた感情や、凝り固まっていた思考が少し和らぎ、別の方法や前向きな気持ちになれたりするものです。

ましてや彼は、「長い散歩」を毎日行っていた訳ですから、いろんな物事を考えているうちに、空想の世界を作り出したといっても、不思議はありません。

ある日、つまづいて転びそうになった石を拾い上げその奇妙な形に魅了されたことをきっかけに、シュバル氏は毎日仕事中に見つけた石を、初めはポケットに、そして少し大きめのバスケットに、最終的には台車を使って家に持ち帰るようになりました

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シュバル氏がつまずいた石がこちら

image by: Wikipedia

そうして集まった石たちを、夜のうちに積み上げるという作業をひたすら毎日繰り返したのです。近所の人たちからは不審がられ職場の上司からも注意を受けたシュバル氏でしたが、彼は自身の理想宮を作り上げることをやめませんでした。

そうして33年後に見事に完成したのが、のちに「シュバルの理想宮」と呼ばれるようになった城塞です。


そのデザインは聖書やヒンドゥー教の神話などの影響も受けており、様々な建築様式を取り入れているためジャンル分け不可能とされています。各地から送り届けられる郵便物の数々に、まだ見ぬいろんな国や地域への憧れを抱いていたのかもしれません。

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独創的な城塞 ©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES

そして、シュバルの理想宮は1969年に歴史的建造物に指定されました。

現在、シュバルの理想宮を管理している団体に行った取材によると、シュバル氏はアートに関して何か専門的な勉強をした経験は一切なく、「全ては、ごく一般的で地味な人間が自らを盛り立てるために抱いた想像の世界に過ぎなかったが、あまりにも美しく鮮明だったため、その後10年以上も脳裏から離れなかった」のだそう。

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©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES
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ジャンル分けが不可能な独創的なデザイン ©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES
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©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES

それらを何とかして形にする作業に踏み切ったわけですが、それまでコテを握ったこともなければ、建築についての知識も皆無だった彼には、その作業は無謀以外の何物でもなかった筈。

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©COLL PALAIS IDÉAL HIDEHIKO NAGAISHI

なぜ自分にこのようなことが実現できたのか天から与えられた才能のようなものが宿っていたとしか説明がつかない」と語っていたそうです。

 

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©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES

そんな彼の才能はもちろんですが、それよりも私たちの胸を打つのは、彼の生き様ではないでしょうか。

周りの人に誤解されても否定されても自分の意志を貫こうとする彼の情熱が、自身を奮い立たせ、突き動かしたのだと思います。

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シュバル氏がいなくなったあとも、管理団体が手入れをおこなう ©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES
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アーティストのライブも定期的に開催 ©PALAIS IDÉAL EMMANUEL GEORGES

33年間もの間、誰からの理解も協力も得られず、孤独な作業に時間も労力も費やし、見事に完成させたシュバル氏の姿は、時空を超えて私たちの心に響くものがあります。

彼の生涯をかけた傑作を一度訪れてみたいですよね。

 

写真提供/取材協力:Palais ideal du facteur Cheval 
参考: フランス観光開発機構 
取材・文/貞賀 三奈美

 

※本記事はMAG2 NEWSに掲載された記事です(2017年7月20日)

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