年金「75歳繰り下げ」にまつわる大誤解。むしろあなたは得をするかも?

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最近、ニュースなどで話題となった、年金「75歳への繰り下げ制度」改正の国会審議入りですが、はたしてマスコミで報道されているように「年金が75歳からしかもらえなくなる」という不安は事実なのでしょうか? メルマガ『事例と仕組みから学ぶ公的年金講座』著者で、年金アドバイザーのhirokiさんは自身のメルマガで、そうした報道はマスコミのミスリードだと一刀両断。そして、この改正で年金受給者が得をする可能性について解説しています。「年金75歳」問題の誤解と意外なメリットとは?

年金を何歳から受け取るか「自分で選べる」ことのメリット

最近、年金を貰う事を遅らせて、その遅らせた分を一定の割合で増額する年金の繰り下げ制度改正の審議入りというニュースがあった。

繰下げは現制度では65歳から70歳まで、最大60ヵ月遅らせる事が出来ますが、それをさらに75歳まで延ばそうという改正。

一ヵ月遅らせると0.7%ずつ増える制度ですが、65歳から年金貰うのを60ヵ月遅らせれば0.7%×60ヵ月=42%という事になり、75歳までの120ヵ月遅らせると年金が84%増えるという計算になる。

なお、支給開始年齢は今のところ65歳であり、この年金を貰うのを遅らせるというのは完全に個人の選択にゆだねられている。65歳から貰いたい人は65歳から普通に貰えばいい。

あと、65歳以降遅らせてたけど、やっぱり65歳に遡って年金を貰いたいという人は、65歳に遡って年金を今まで貰わなかった分が一時金として振り込まれる。途中気が変わった人はそうすればいいだけ。

ところで今は継続雇用が進んでるので、給与収入があるから年金をしばらくもらう必要は無いという人が増えているため、給与収入を貰ってる間はこの年金の繰り下げを利用するという方法もこれからは意義のあるものになるでしょう。

しかしながら、この年金の繰り下げを利用してる人は受給者の2%にも満たない。多くの人が年金を貰うのを遅らせる事に抵抗があるのか、そういう余裕がある人は少ないのであまり利用する人は居ない。

なので75歳まで繰下げ年齢を引き延ばしても、そこまで効果があるかは疑問。

マスコミのミスリードにご用心

さて、この75歳案は何年か前から改正案はありましたが、この話が出るたびにいっつも誤解される。

「最大75歳まで遅らせる事が出来ますよ、遅らせたら定期預金みたいに利子付けて支払いますよ」って話なだけなのに、「年金の支給開始年齢」が75歳に引き上げられると話がすり替えられてしまう。

メディアのタイトルはなんとなく誤解を招きやすいですが、記事の中身はちゃんと繰り下げの話になってはいるけども、SNSなんかでは国民がよく読んでないのか、ただ不安を煽りたいだけなのか結局「支給開始年齢」が75歳に引き上げられるっていう話に変わって拡散されてしまう。

毎回思うけど、ちょっと落ち着いてください^^;

支給開始年齢が完全に65歳に引き上がるのは2030年なので、今のところ支給開始年齢は65歳以上という事は無い。

もしかすると今後雇用が70歳までというのが普通になってきたら、70歳まで年金の「支給開始年齢」が引き上がる可能性はあるかもしれませんが、支給開始年齢の引き上げはそう簡単な事じゃない。

年金の財政を安定させるために、支給開始年齢の引き上げというのは非常に有効なものではありますが、今まで何度も反対され先延ばし先延ばしにされてきた。

年金の歴史を振り返れば――

ちょっと支給開始年齢の引き上げの歴史を振り返りますが、国民年金(今の老齢基礎年金)はそもそも昭和36年4月に施行された時からずーっと65歳支給開始年齢。

厚生年金は昭和29年5月に、この時は男子だけ55歳支給開始年齢から60歳支給開始年齢に引き上げられました。女子、船員、坑内員(炭鉱で働いていた人)は55歳支給開始年齢だった。

昭和29年頃の平均寿命は男子63歳の女子67歳。だから年金支給開始年齢も60歳支給というのはまあバランスは良い。

ちなみに女子を55歳支給開始年齢に据え置いたのは、昭和の時代は女子の就労期間が短かったから。

昭和の時代の厚生年金は基本的に20年以上を満たさないと貰えない年金でしたが、女子は寿退職をすると再就職という事は考えられない時代だったので、厚生年金期間を満たす人は少数派だからそのまま55歳支給開始年齢としていた。

その後、日本は少子高齢化の傾向が出始め、昭和45年に高齢化率7%に達して、高齢化社会となった(1994年に高齢化率14%の高齢社会となり、2007年に21%の超高齢社会に突入した)。

少子化傾向も女性が生涯に子供産む数の平均(合計特殊出生率)も昭和50年に2.0を下回ってきた。合計特殊出生率が2.0を下回ると、人口はいずれ減少に転じ始める。

2100年には今の人口1億2千万人が6000万~5000万人になると見込まれている。

人口が減りも増えもしないのは人口置換水準の2.08(令和2年度現在は1.4ちょい。最低は平成17年度の1.26だったからちょっと回復傾向ではある)。

このように少子高齢化となって、現役世代が減り、逆に年金を受給する世代が増えてしまうと財政が悪化してしまう。

現役世代の負担する保険料と国の税金(税金は毎年約11兆)が年金の主な財源なので、その財源を負担する人口が減って、高齢化で老齢人口が増えると現役世代の負担する保険料が際限なく増加してしまう事になる(今の制度は保険料上限の中で年金を支給するやり方ですが)。

だから、受給する側の人口を減らすために厚生年金支給開始年齢60歳から65歳まで引き上げなければならないと、昭和55年(大平正芳内閣)の時に引き上げの法案が提出された。

あと、平均寿命は昭和29年頃の男子63歳と女子67歳よりも、昭和55年時点では男子73歳で女子は78歳に急激に延びていた。年金支給開始年齢60歳に対して、寿命もバランスが悪くなっていますよね。

しかし、当時は定年がまだ55歳という会社が多く、自民党も労働組合も反対したため見送られた(選挙にも響くし^^;)。

この時期は昭和48年に起きた第四次中東戦争による石油危機のせいで、日本は昭和50年から赤字国債を発行するようになりました。

よって増税する前にまずできるムダを削減するために、昭和56年に行われた第二次臨時行政調査会(「増税なき財政再建」のための行政改革の方向性を示すもの)が設置されました。

第二次臨調では徹底した無駄を削減するために、社会保障改革としては昭和48年から70歳以上の老人医療費を無料にしていた老人福祉法に一部医療費負担してもらうとか、医療保険改革(健康保険に1割負担を導入)、年金改革が争点となりました。

特に70歳以上の老人医療費が老人福祉法で無料だったので、老人の多くが入っていた国民健康保険を運営していた市区町村なんかは悲鳴を上げていましたね^^;無料だからちょっとした事でも病院行きまくりだった。

だから、昭和58年に老人保健法(保健というのは健康も保つようにしましょうねって事)にして医療費の窓口1割負担が始まりました(2008年には75歳以上の人は後期高齢者医療保険に入り窓口1割負担だけでなく一部保険料負担も始まった)。その老人の医療費負担と合わせて、全保険者(国民健康保険、健康保険とか)と国庫負担で老人を支え合うというやり方に変えた。

あと、年金は昭和の高度経済成長で給付をバンバン引き上げすぎたし、平均寿命や平均余命も急激に延びたから、年金給付の抑制と保険料負担をあまり過大にしないためにも年金支給開始年齢の引き上げは重要な事だった。

しかし先ほど申し上げましたように引き上げは見送られてしまい、逆に配偶者加給年金等が月額6,000円から月額15,000円に大幅な引き上げがなされてしまっただけだった。

「支給開始年齢」の引き上げはこんなにも難しい!

その後に迎えた、昭和60年改正(中曽根内閣)の時に国民全員が国民年金に加入するという基礎年金制度ができた時に、支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げようという話も同時に出たがまた見送られた。

とりあえず、女子がまだ支給開始年齢が55歳だったので、女子は昭和63年度から12年かけて55歳から60歳に引き上げられた。まあ、女子の雇用も進んできたし、男女平等の声も強くなってきたからですね(昭和61年4月に男女雇用機会均等法も施行)。

公務員が加入する共済も55歳支給開始年齢だったが、共済は厚年や国年より有利な事に対しての批判が多かったので、昭和70年(平成7年)までに55歳から60歳に引き上げられた。

そして次の平成元年改正の時も厚生年金の60歳から65歳引き上げの法律を通そうとしたが、次回の法改正の時考えようよって事でまたまたスルーされた。

支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げないと国の負担が大きくなり、将来世代の負担を過剰にしかねないから引き上げようとしていたのにずっと見送られ続けてしまった。

平成6年改正になると、定年が55歳から60歳に引き上げとなった事、企業の60歳から65歳までの雇用努力義務がなされた事で年金もようやく60歳から65歳に引き上げる事が決まったのです。

とはいえ実際の引き上げは平成13年度からでした。つまり年金の60歳から65歳への支給開始年齢引き上げというのは20年間棚上げされ続けてきた。

まず男子は昭和16年4月2日生まれの人から昭和36年4月1日までの人が、生年月日に応じて20年かけて引き上げられている最中。支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げるといっても、いきなり5年飛ばすわけではないです。

いきなりポーン!と5年引き上げたら、生活設計狂うからですね^^;ゆっくり時間をかけて61歳、62歳、63歳、64歳…とスケジュールを組んでゆっくり引き上げるんです。

昭和36年4月2日以降生まれの男子からは完全に65歳支給開始年齢となる(2001年から引き上げ始めて、2025年に引き上げ完了)。

女子は昭和21年4月2日以降生まれの人から昭和41年4月1日生まれまでの人が生年月日に応じて20年かけて61歳から64歳まで引き上げられている最中。

2006年から引き上がり始め、2030年にやっと65歳に引き上がる。

というわけで支給開始年齢自体は65歳支給開始年齢にまだ引き上げ最中なんです。現在の平均寿命が男子81歳、女子87歳にもかかわらず。

本当は昭和55年(1980年)から支給開始年齢引き上げ着手していたほうが財政としては安定していたでしょうけど、散々反対反対とばっかり言われて20年先延ばしにされてようやく平成13年(2001年)から着手開始となった。

年金というのは雇用と一体的なところがあり、支給開始年齢を引き上げる際は雇用の確保も一緒に議論となる事が多い。

昭和55年当時も単に年金の支給開始年齢を引き上げよう!というわけではなく、年金の引き上げもしながら雇用もその間に確保していきましょうという事だったのに見て見ぬふりをされてきてしまった。

なんでもそうですが、今取り組まなければならない問題は結局将来取り組まなければならない事になるのに、とにかく反対反対とゴネ得をやる。政治は選挙に影響するからと、都合の悪い事は引き延ばしにする。支給開始年齢を引き上げると直に選挙に影響するからですね。

じゃあ先延ばしにし続けた問題のツケは誰が払うのかというと今の子供や赤ちゃんなんですよ。

今は国の借金が1000兆円超えてますが、借金が増えれば増えるほど将来の増税要因となり、じゃあその増税された税金は誰が払うのかというと将来世代という事になります。

国が予算組むため国債使って借金して、お金返す時はまた借金やら税金から返す事になるからですね。

ツケを払わされるんですね。

だから、年金というのは今現在の人さえ良ければ、先の事は知らないというのではなく、今の子供世代にも同じく利益を共有しなければならない。

「持続可能な社会」という言葉がよく取り上げられますが、これは将来は資源が無くなるかどうかとかそういう意味じゃない。

将来世代の幸福と現在の世代の幸福が両立できる社会の事です。

この持続可能な社会の中で絶対にやってはいけない事は、限りある資源を全部自分の代で使ってしまう事です。

「繰り下げ」と「開始年齢」を混同してはならぬ

旧民主党政権時に、年金を貰うための期間が25年は長すぎるといって10年に短縮したり、消費税増税した分を年金に上乗せで給付金に回したり、未納の部分を支払った事にしようとしたり(3号不整合記録問題)、大衆迎合的な年金を壊すような事ばかり決めました。増税した消費税をこんなところに使っていいのかって話です。

というわけで、話を戻しますが75歳引き上げというのは「支給開始年齢」の事じゃない。

あくまで年金制度として存在する「年金の繰り下げ」を70歳から75歳までできるようにしたらどうか?という事です。そして年金貰うのを65歳以降遅らせるのは受給する本人の自由で選択なんです。

支給開始年齢と混同してはいけない。

支給開始年齢を引き上げる際は、平成6年改正時のように定年を60歳未満は禁止にして年金の引き上げにようやく着手したように、70歳未満に定年を引き上げるとかそうしないと年金の支給開始年齢自体は引き上がらないでしょう。

そもそも歴史的に、支給開始年齢引き上げというのは法案を通すのが本当に難しい事だったので、簡単には実施できない。

たとえ実施できたとしてもいきなり引き上げる事はできないから、65歳から70歳に引き上げるなら最低20年はかかってしまう。

とにかく現段階で75歳という年齢が出てきたら、支給開始年齢の事ではないという事です。勘違いしないようにしましょう^^

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年金アドバイザーhirokiこの著者の記事一覧

佐賀県出身。1979年生まれ。佐賀大学経済学部卒業。民間企業に勤務しながら、2009年社会保険労務士試験合格。
その翌年に民間企業を退職してから年金相談の現場にて年金相談員を経て統括者を務め、相談員の指導教育に携わってきました。
年金は国民全員に直結するテーマにもかかわらず、とても難解でわかりにくい制度のためその内容や仕組みを一般の方々が学ぶ機会や知る機会がなかなかありません。
私のメルマガの場合、よく事例や数字を多用します。
なぜなら年金の用語は非常に難しく、用語や条文を並べ立ててもイメージが掴みづらいからです。
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