世の中には「これって右だっけ? 左だっけ? 」と迷ってしまうものが意外とあります。例えば、「ねじ」。普段からあまりドライバーを使わない人がやると、「あれ? どっちだっけ? 」とほとんどの人がなると思います。他にも、カギ、ドアノブ、蛇口、ワインなど結構あるものです。では、アサガオのツルはどっち巻き? そんな日常の疑問にノンフィクション作家の中野明さんが、自身のメルマガ『中野明のストリートで哲学を語ってみた』の中で迫っています。
軒下に咲くあの「アサガオ」は左巻きか右巻きか
最初に螺旋階段をイメージしてみてください。続いて、その螺旋階段を上っていく様子をイメージしてください。
イメージできましたでしょうか。それでは、螺旋階段の中心軸は、皆さんから見て左手にありますか、それとも右手にありますか。
アサガオのツルはどちらに巻くのか
仮に中心軸が左手にあるとしたら、私は左回りで螺旋階段を上っていくことになります。逆に右手にあるとすると右回りですね。皆さんはどちら回りだったでしょうか。私はといいますと、自然に左回りの螺旋階段をイメージしてしまいます。
ただ、この左回り、右回りという表現、見方によって相対的で、どちらにでも取れる点に要注意です。私が左手に中心軸のある螺旋階段を上っていく様子を真上から見たとします。この場合、確かに左回り(時計回りとは逆)になっているはずです。
ところがです。その様子を真下から見上げたとすると、私は右回り(時計回り)に階段を上っていることになります。これはちょうどネジを右に回すのと同じ状況です。ですから、右回りと表現しても間違いではないことになります。
では、左回りか右回りかは一旦棚上げし、本日のテーマであるアサガオのツルの巻き方について考えてみましょう。ツルが巻く棒を中心とした場合、アサガオのツルは、中心棒を左手に見て巻くのか、右手に見て巻くのか、どちらだと思いますか。
ベランダのアサガオで確認すると、いずれのツルも一様に、中心棒を左手に見て巻いています。
実はこのツルの巻き方、小学生がアサガオの観察をする時に、必ず出てくる話題のようです。確かに私も小学生の頃、アサガオの観察をした記憶はありますが、巻き方の方向など、すっかり忘れていました。
アサガオは「右巻き」、ではバベルの塔は?
では、このアサガオの巻き方の方向について、生物学者の人々はどのように呼んでいるのでしょうか。日本植物生理学会の「植物Q&A」で確認してみました。こちらによると、かつてアサガオは「左巻き」と定義されていたそうです。
しかしながら、1970年頃、「植物のつるの巻き方もネジの巻き方と同じにしたほうが良い」との意見が出て、以後この考え方が浸透し、「現在ではアサガオは右巻きと云うことになっています」とのことです。
私の嫁さんは、子どもの頃遊んだカルタの「あ」に、「朝顔のつるは左巻き」とあったそうです。私や嫁さんの子どもの頃は、左巻きがいまだ主流だったようですね。ただ、アカデミックではない場では、いまだ左巻きも健在のようです。
そこで再び螺旋階段の話題に戻ります。世界的に著名な螺旋階段について考えてみたのですが、思いついたのがあの「バベルの塔」(「ボキャブラリーの増強剤」参照)です。そして、バベルの塔といえば、オランダの画家ピーテル・ブリューゲル1世の作品があまりにも著名です。
ブリューゲル作「バベルの塔」には2種類あります。一つはウィーン美術史美術館所蔵の作品でして、画集で紹介されることが多いのはこちらです。もう一つはブリューゲルの故郷オランダのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館が所蔵する作品です。
さて、ブリューゲルは「バベルの塔」を「左巻き」に描いたのでしょうか。それとも「右巻き」でしょうか。
まず、前者のウィーン美術史美術館の所蔵作を確認しました。これ、「左巻き」か「右巻き」かは、判定が難しいです。どちらとも取れて、判然としません。
では、後者のボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館が所蔵する作品はどうでしょう。こちらはもう明瞭です。明らかに、「右巻き」つまりアサガオのツルと同じ巻き方をしています。
ブリューゲルが勢いよく伸びるアサガオのツルをイメージして、天に届くバベルの塔を描いたとしたら、これまた何と愉快なことでしょう。
もっとも、バベルの塔の螺旋道(ブリューゲルの作品では階段状にはなっていません)を私が上っていくとします。その時の私はというと、塔を「左回り」に上っていると感じるはずです。
このように、「左巻き」か「右巻き」かを特定するのは、意外になかなか難しいもののようです。
◎アサガオのツルの巻き方 学会では「右巻き」が定説。
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