誰もが「何かのオタク」時代、ファッション界にも“推し”はアリか?

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「オタク文化」「推し文化」が花咲く日本では、物を売るために多くの「オタク」を抱えるアイドルや人気キャラクターとのコラボが手法として定着し、高度に磨かれてもいます。ファッションブランドもさまざまなコラボを展開していますが、あくまでキャラクターの人気を利用したもので、ブランドそのものの“オタク”を生み出しているとは言えません。今回のメルマガ『j-fashion journal』では、著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんが、推し文化を理解する日本のデザイナーだからできることがあるはずと、「ブランド推し」を生み育てる方法を模索し、その可能性に言及しています。

「推しマーケティング」を考える

1.マスメディア時代のファンクラブ

テレビで歌番組が毎日のように放映されていた頃、家族全員が同じ歌を聞き、翌日の学校では昨晩のテレビ番組の話をクラスメイトとしていた。国民的な人気を誇る歌手がいて、テレビ、ラジオ、有線放送、新聞、雑誌で紹介されていた。

この頃、アイドルのポスターが雑誌の付録についていて、同世代の子供部屋には同じアイドルのポスターが飾られていたはずだ。その中でも、熱狂的なファンはファンクラブに入会し、ファンクラブ会員の特典を友人たちに披露しては、羨ましがられたものだ。当時は、あきらかに、マスメディアと国民的人気と大衆がセットで存在していたのである。

この構造は商品にも共通していた。あらゆる家庭で、テレビCMで紹介された洗剤、シャンプー、歯磨き粉を使っていたし、同じブランドのカレー粉、即席ラーメン、清涼飲料等を食していた。大衆はその時代の気分、行動、体験を共有していたのである。

2.オタク時代のアイドルグループ

2005年12月、AKB48が活動を開始した。AKB48は、秋葉原に専用の「AKB48劇場」を持ち、ほぼ毎日公演を行った。当時は、アキバのオタク向けアイドルという位置づけだったが、次第にファンを獲得し、2009年には、14thシングル『RIVER』で初のオリコンウィークリーチャート1位を獲得。その後発表する曲が次々と1位を獲得し、マスメディアから「AKB現象」「国民的アイドル」と呼ばれるようになった。2010年8月の17thシングル『ヘビーローテーション』は、シングルの連続初動売上50万枚突破等、数々の記録を残した。

AKB48は、握手会や選抜総選挙等のイベントを次々と企画し、その参加には劇場番CDに添付されている参加券CDが必要だった。特に選抜総選挙では、ファンは自分の好きなメンバーのために何十枚もCDを購入し、投票した。「推し」「推しメン(推しメンバー)」という言葉が一般化したのは、AKB48以降だと思われる。

AKB48が注目された背景には、オタクブーム、オタク文化があった。AKB48が秋葉原を拠点にしたのも、オタクのメッカが秋葉原だったからに他ならない。

大衆の時代が終わり、大衆がいくつかのクラスターに分割される時代、「分衆の時代」という言葉も登場したが、その最終形態がオタクだった。自分の好きな分野だけに興味を持つ「オタク」という言葉も次第にプラスの評価に変わり、一般化していった。

現在は、「誰もが何かのオタクである」という時代になっている。マーケティング的に言えば、AKB劇場は、「オタクを組織化する装置」であり、選抜総選挙と参加券は、「オタク的なビジネスモデル」なのかもしれない。

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