打倒プーチンに執念も「勝利条件が高望みすぎる」ウクライナの苦悩。戦争調停の現場で今何が議論されているか

Kyiv,,Ukraine,-,2022,,March,7:,Volodymyr,Zelensky,The,President
 

開戦から550日が経過するも、混迷を深めるばかりのウクライナ戦争。対露制裁を続ける西側諸国に「ウクライナ支援疲れ」が広がりつつあるのが現状ですが、今後この戦争はどのような展開を見せるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ウクライナとロシア双方が掲げる勝利の条件を改めて詳しく解説。さらにウクライナが取るとされる「勝利への2つの手段」を紹介するとともに、その成功確率を考察しています。

何をもって勝利とするのか。ウクライナ戦争の見えぬ終戦

「我々は着実に勝利に向かって戦っている」

ウクライナの国防次官がニュースで強調した内容です。

彼は「欧米から供与された最新鋭の武器を最大限活用しつつ、ウクライナで開発されたドローン兵器や車両などを導入して“勝利”を目指している」と述べました。

そこでふと違和感を抱いたのですが、ロシア・ウクライナ戦争における勝利とは具体的には「何を」、「どのような状態を」指すのでしょうか?

私は紛争調停官という仕事に就いてもう25年ほどになり、これまでに多くの紛争・戦争に関わってきたのですが、立ち止まって考えてみると、現代における戦争での“勝利”の定義についてあまり考えたことがないように思います。

イラクにおける2度の国際紛争のように、NATOや米軍の圧倒的な軍事力を以てイラクを制圧した際、戦闘には勝利したのでしょうが、その後の泥沼の内乱と未だに安定した政府が存在せず、治安もフセイン時代よりも悪化していると言われている状況を見て、果たして誰が戦争に勝利したと言えるのでしょうか?

勝者は恐らく存在しません。もしかしたら、アメリカ政府をはじめとする欧米政府、そしてイラク国民は負の成果を得たとしても、イラクにおける権益を再配分し、拡大したアメリカや欧州各国の企業は戦争に“勝利”したのかもしれません。

旧ユーゴスラビアでの内戦では、各共和国とその国民は血で血を洗う凄惨な戦いと深い心の傷を負うというプロセスを経て、やっと復興を遂げ、国としてのかたちを見出したところもあります。

これは戦争の勝利とは言えませんが、それぞれの国の人たちのたゆまぬ努力と忍耐の末に成し得た“もの”であると、私は感じます。

NATOと欧米諸国が軍事介入してさらに激しさを増した内戦は、その後UN、NATO、欧米諸国、日本などたくさんの国々が戦後の復興を支えましたが、今のユーゴスラビア各国の“成功”は、それらの諸外国が成し得たものではなく、ユーゴスラビアの皆さんが成し遂げた勝利でしょう。しかし、これもまた「戦争による勝利」ではないように思われます。

アフガニスタンは20年前に追放したはずのタリバンが再度権力の座に就き、人々、特に女性に与えられていた自由と教育・就労の権利は再度取り上げられ、20年前よりも国の状態は悪化するという結果に陥っています。

同様の悪循環はミャンマーでも見られますし、エチオピア、中央アフリカ、スーダンなど、言い方が少しダイレクトですが、アメリカと欧州各国、そして国際社会が「ラストフロンティア」として大挙して押し寄せ、その後見捨てた国々ですが、元々は欧米諸国やその仲間たち、ロシア、中国などが直接的・間接的に内戦に加担した国々でもあります。

これらの国々で、戦争は介入された国々とその人たちに勝利をもたらしてはいません。

エスカレートするウクライナの「勝利の条件」

では、今週、ロシアによるウクライナ侵攻から1年半が経ち、戦況が泥沼化し、攻撃がアップグレードされた結果、一般市民・インフラの被害が拡大し続けているロシア・ウクライナ戦争はどうでしょうか?

まずウクライナが掲げる“勝利”の条件ですが、いろいろな内容が並びます。「侵略者であるロシア軍をロシア・ウクライナ国境の向こう側に押し返すこと」「ロシアによる侵略以降、奪われた領土をすべて取り戻すこと」「2014年にロシア軍がクリミア半島を一方的に編入した以前の状況に戻す(つまりクリミアのウクライナによる奪還と回復)」などが並びますが、それらの条件のレベルは時期により異なります。

2022年2月24日のロシアによる侵攻当初、ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナサイドの姿勢は「侵略したウクライナ東部の土地をウクライナに戻し、ロシア軍が完全撤退すること」を停戦の条件として掲げるものでした。

トルコの仲介を受けて、ロシア側と停戦協議を行った際のポイントもこの条件の獲得でした。

言い換えると、戦争の勝利とは言えないかもしれませんが、大規模な戦闘に発展する前の時点で、国際社会がもっと迅速かつ“Heavy”に介入し、ロシアに撤退を迫っていたら、早い段階で出口が見つかったかもしれません。

ただ、国際社会の介入は遅れ、それに加えてウクライナ国内も、報じられているような挙国一致状態ではなく、徹底抗戦を主張するグループと、ロシアによるウクライナ東部の編入を認める代わりに戦争を終結させることを主張するグループが対立し、そこに別途、ポーランドに近いウクライナ西部とキーウがある中部を一つにして、東部と分断することを主張するナショナリスト勢力が参加して、ウクライナ政府は決定不能な状況に陥ってしまいました。

結果として、ウクライナ政府は、国際テロ組織にリストアップされ、ウクライナ国内でも敵視されていたはずのアゾフ連隊もアゾフスターリ製鉄所を守り続ける英雄として扱い、ロシア軍およびプーチン大統領の企てに真っ向から刃を向ける存在というイメージづくりに勤しむこととなりました(しかし、皆さんならそのアゾフ連隊がウクライナ東南部でロシア系住民に何をしたのかはご存じかと思います)。

この頃、欧米諸国とその仲間たちの国々ではStand with Ukraineの波が起き、「ウクライナとウクライナの人々を私たちが助ける」という機運が高まっていましたが、その機運も、戦争の長期化と、自分たちの国々でエネルギー価格の高騰とインフレが激化するにつれ、支援疲れと支援停止に向けた引き波が巻き起こることになったのは、記憶に新しいかと思います。

その間にロシア軍は、苦戦が伝えられていたものの、ウクライナ東南部の4州を一方的に編入し、実効支配を強めていくことで、実際には支配地域を拡大することとなっています。

「ロシアは悪者」というイメージづくりと、欧米諸国からの武器弾薬の供与および装備の近代化には成功したウクライナ政府と軍ですが、それにつれて、“勝利”の中身・条件もアップグレードする必要が出てきて、勝利の条件が「祖国防衛」という根源的なものから、最初に述べたような領土の奪還と2014年まで遡った要求へと変わっていき、複雑化を極めるようになりました。

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